弁護士や医師への報酬支払期日を明示せず。「士業はフリーランスじゃない」という思い込みが招いた落とし穴。
今朝(2026年2月25日)、読売新聞が報じたニュースが、フリーランスや企業の法務・経理担当者の間で静かな衝撃を呼んでいます。
中部電力(名古屋市)が、弁護士や医師などの専門家ら数十人に業務を委託する際、支払期日などの取引条件を明示していなかったとして、公正取引委員会が近くフリーランス取引適正化法(フリーランス保護新法)違反を認定し、再発防止を求める勧告を行う方針を固めたというのです。
「電力会社がフリーランス問題で?」と思った方もいるかもしれません。しかし、これは決して他人事ではありません。

何が起きたのか──事実の整理
読売新聞の報道によると、中部電力は2024年11月のフリーランス保護新法施行以降、弁護士や医師などの専門家ら数十人と業務委託契約を結ぶ際に、支払期日などの一部取引条件を書面で明示していなかったとされています。
対象業務は自社の経理・法務相談や助言、社員の健康管理といったもの。外部の専門家を「顧問」的に活用する、大企業なら当たり前のように行っている契約形態です。
問題は、法律の施行後もこの契約の書き方が更新されなかった点にあります。
支払期日の明示がない場合、同法の規定では「業務を行った日が支払期日」になります。中部電力は後日、報酬を支払っていたものの、それは法律上の「遅延」にあたります。このため、取引条件の明示義務違反に加え、報酬支払遅延の違反も併せて認定される見通しです。
中部電力は取材に対し「公取委から調査を受けているのは事実で、真摯に対応しているが、調査の詳細に関しては回答を控える」とコメントしています。

なぜ「士業=フリーランス対象外」と思ってしまうのか
ここが今回の事案の核心です。
弁護士、医師、税理士、社会保険労務士、司法書士、行政書士といった士業の専門家は、事務所や病院といった組織に所属していることが多いです。そのため「フリーランス保護法の対象外だろう」と考える担当者は少なくありません。
しかし法律はそう定めていません。
個人に仕事を依頼する場合は、その人が組織に属していても「フリーランス」扱いになり得ます。
公正取引委員会も法施行時から「士業もフリーランスに該当し得る」と明確に示していました。中部電力の事案は、この点の認識が社内で徹底されていなかった可能性を示しています。

フリーランス保護新法が求める「3つの基本義務」
改めて確認しておきましょう。2024年11月1日に施行されたこの法律が発注事業者に課す主な義務は次の3点です。
① 取引条件の書面明示(第3条)
業務を委託した際に「直ちに」、業務内容・報酬額・支払期日・支払方法などを書面またはメール等で明示しなければなりません。「直ちに」とは一切の遅れを許さないという意味です。
② 支払期日の設定と期日内の支払い(第4条)
成果物の受領日から60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定め、その期日までに報酬を全額支払わなければなりません。
③ 違反時の行政対応
違反が認定されると、指導・助言から始まり、勧告、命令(社名公表)、罰金へとエスカレートします。今回の中部電力は「勧告」段階——社名が公表される水準です。

「勧告」が持つ重さ──小学館・光文社の先例
フリーランス保護新法施行後、初めて勧告を受けたのは2025年6月の小学館と光文社でした。大手出版社2社が社名入りで公表され、業界に衝撃が走りました。
その後、島村楽器や九州東通、ZWEI、グロービジョンなどへの勧告が続き、施行から1年で勧告・指導は合計445件に達しています。
今回の中部電力は、電力会社という全く異なる業種からの勧告事例になる可能性が高いです。
これが意味するのは、「フリーランスと取引の多い業界」だけの問題ではないということです。法律・経理・健康管理など、どんな業種の企業でも外部専門家に業務委託をしています。その全てが対象になり得ます。

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この問題には、まだ掘り下げるべき論点があります。
- なぜ大企業ほど「見落とし」が起きやすいのか(部門間の縦割り構造の問題)
- 今すぐ確認すべき自社の委託契約チェックリスト
- 「自発的申し出」制度を使えば勧告を回避できる可能性
- 中部電力の今後──勧告後の対応がブランドに与える影響
ブログ記事では、企業の法務・経理担当者が明日から使える実務チェックポイントも整理しています。
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【WordPress版】なぜ中部電力は「知らなかった」では済まなかったのか──フリーランス新法が暴く大企業の盲点
はじめに:今回の事案が持つ「象徴的な意味」
2026年2月25日、読売新聞が報じた中部電力のフリーランス取引適正化法違反。
この報道が持つ意味は、単に「中部電力が法令違反をした」という事実を超えています。
電力会社という、フリーランスとの取引が「多い業種」とは思われていなかった企業が勧告の対象になりました。これは、フリーランス保護新法が想定する射程がいかに広いかを示す、決定的な事例です。
法務部門を持ち、コンプライアンス体制を整備してきた中部電力でさえ、施行から1年以上が経過した段階で違反が認定されました。その背景に何があったのでしょうか。
中部電力の違反の構造──「士業は別」という思い込み
今回の違反の核心は、「士業の専門家への業務委託」という場面にあります。
経理・法務の顧問弁護士、社員健康管理の産業医や嘱託医、各種相談業務を担う専門家たち。大企業であれば、こうした外部専門家との契約は日常的に発生します。
問題は、こうした契約の多くが「昔からの慣例」で処理されてきた点にあります。弁護士事務所や医療機関と交わす業務委託契約は、フリーランス法施行前から存在します。法施行後も、既存の契約フォーマットをそのまま使い続けていた可能性が高いです。
フリーランス保護新法が求めるのは「施行後に結ぶすべての業務委託」への適用です。過去の契約様式をそのまま流用した場合、支払期日の明示が不十分なまま契約が締結され続けることになります。
なぜ「士業=対象外」という誤解が生まれるのか
法律の専門家、医師、税理士──こうした方々は「プロフェッショナルな個人事業主」ですが、同時に「事務所や医療機関という組織に属している」ことも多いです。
この「組織に属している」という事実が、「フリーランス対象外」という誤解を生みます。
しかし公正取引委員会のガイドラインは明確です。「個人に業務委託をする場合は、その個人が組織に所属していても、フリーランス法の対象になり得る」——この点は法施行時から周知されていました。
中部電力が委託していた弁護士や医師は、法人格を持つ事務所・病院に所属していたとしても、個人として業務を受託していれば、フリーランス法の保護対象になります。
縦割り組織が生む「誰も確認しない空白地帯」
大企業特有の問題もあります。フリーランス保護新法への対応は、一般的に法務部門または調達部門が担います。しかし「弁護士との顧問契約」は法務部門が管理し、「産業医との契約」は人事部門が管理する、といった縦割り構造の中では、それぞれの担当部門が「自分の担当外の法律」への対応を見落とすことがあります。
浜岡原発の未精算問題でも、「調達部門の関与なく仕様変更を依頼していた」という縦割り問題が背景にありました。今回のフリーランス法違反も、組織横断的な法令対応が機能していなかった可能性を示唆しています。

「勧告」が企業に与えるダメージの実態
フリーランス保護新法違反の「勧告」は、公正取引委員会が事業者名・違反事実の概要・勧告の概要を公表する措置です。
これが持つダメージは多層的です。
ブランドへの影響: 「フリーランスを軽視する企業」というイメージが定着すると、優秀な外部専門家が仕事を受けることを避けるようになります。弁護士・税理士・コンサルタントといった高度専門人材との関係構築が困難になるリスクがあります。
採用への影響: 副業・フリーランス活動をしながら企業に勤める人材が増える中、「フリーランスへの支払いを軽視する企業」という評判は、採用競争力にも影響します。
行政監視の強化: 一度違反認定を受けた企業は、その後の調査対象になりやすくなります。同種の違反が繰り返されれば「命令」に進み、罰金も視野に入ります。
中部電力は現在、浜岡原発のデータ不正問題でも社会的信頼の回復が急務となっています。このタイミングでのフリーランス法違反勧告は、ガバナンス改革の途上にある同社にとって追加のダメージとなります。
「自発的申し出」という選択肢──勧告を避ける道
ここで一つ重要な制度をご紹介します。
フリーランス保護新法には「自発的申し出」制度があります。発注事業者が自ら違反事実を公正取引委員会に申し出て、所定の要件を満たした場合、勧告・社名公表を行わないという取り扱いです。
下請法と同様の運用が採用されており、「発覚する前に自ら名乗り出る」ことへのインセンティブが設けられています。
今回の中部電力の案件が、この自発的申し出を経ずに調査・勧告に至ったのか、それとも申し出があったが要件を満たさなかったのかは不明です。ただ、この制度の存在は「自社の委託契約に問題があるかもしれない」と気付いた企業にとって重要な選択肢になります。
今すぐ確認すべき実務チェックリスト
フリーランス保護新法への対応として、企業が今すぐ確認すべき事項を整理します。
契約書・発注書の確認(第3条)
– 業務内容が具体的に記載されているか
– 報酬額または算定方法が明記されているか
– 支払期日が具体的な日付または算定方法で明示されているか(最も見落とされやすい点です)
– 給付・役務提供の日(納期)が記載されているか
– 業務委託をした「直後」に明示しているか(事後では不可)
支払期日の設定(第4条)
– 成果物受領日または役務提供日から60日以内に設定されているか
– 「月末締め翌々月末払い」など、60日を超える可能性のある慣行がないか
– 支払期日が「未定」のまま契約していないか
社内体制の確認
– 法務・人事・経理・調達の各部門で横断的に対応方針を共有しているか
– 士業(弁護士・税理士・社労士・医師等)との既存契約を見直したか
– 新規委託契約時のチェックフローに法務確認が組み込まれているか
特に注意が必要な契約形態
– 長年の付き合いで「口頭」または「簡易メール」のみで委託してきた顧問専門家
– 「都度払い」「請求書払い」で期日が曖昧になっている外部コンサルタント
– 「成果物受領後、社内決裁が完了次第」など、支払期日が組織の内部都合に依存している契約
まとめ──「大企業だから大丈夫」という時代の終わり
中部電力の事案が示すのは、コンプライアンス体制の整備された大企業であっても、「慣例に頼った契約管理」が続く限り、フリーランス保護新法の網から逃れられないという現実です。
公正取引委員会は今後も、問題事例の多い業種に絞った集中調査を継続するとしています。電力業界への調査が本格化すれば、他の電力会社にも同様の問題が浮上する可能性は否定できません。
フリーランスを取り巻く環境は変わりました。「専門家には後で払えばいい」「支払期日はざっくりで」という時代は終わっています。
弁護士に顧問料を払う時も、産業医に報酬を払う時も、今やフリーランス保護新法の対象です。この認識を組織全体に浸透させることが、次の勧告を受ける企業にならないための第一歩になります。
情報源:
– 読売新聞「士業などフリーランスに取引条件を明示せず、中部電力の違反認定…公取委が再発防止勧告へ」(2026年2月25日)
– 公正取引委員会「フリーランスの取引適正化に向けた公正取引委員会の取組」
– 経済産業省 中小企業庁「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」


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